今日、日本語に訳された聖書も含めた翻訳聖書には大別し て、(1)フォーマル型、(2)動的等価型、(3)パラフレーズ型があります。 (1)は 可能な限り聖書原文を正確に訳出しようとしているもの、(2) は 聖書が翻訳される対象言語で持つ今日的意味の等価性を重視したもので、(3)は(2)と同様に読者のわかりやすさを重視するものですが、<意訳>や <言い換え>を更に大胆に採用したもので、『リビングバイブル』などがその例です。
「新改訳聖書」は、その意味では(1)のフォーマル 型、つまり、聖書原文を正確に訳出しようとした翻訳といえます。 もっとも、翻訳の対象となる言語(日本語)も生きており、また、 聖書学的な研究の進展が慎重に翻訳にも反映されるべきケースが出てきます。 今回の第三版の改訂は、フォーマル型という従来からの基本路線は踏襲しつつ も、そのような“マイナー・チェンジ”を施したものです。
以下、その主な改訂点を箇条書きします。(参考文献:新改 訳聖書刊行会編『聖書翻訳を考える』)
1.“不快語・差別語”を見直したもの。
(1) 従来の「らい」について
ヘブル語の「ツァアラト」を採用した。 「重い皮膚病」(新共同訳)も候補にあがったが、「ツァアラト」は 皮膚だけでなく 家の壁にも現れるためである。
(2) その他
「つんぼ(の人)」---> 「耳の聞こえない(者)」、「おし(の 人)」à「口のきけない人・者」など
2.原文の持つ意味をより正確に日本語に訳出したもの。 (紙面の関係で、旧新約より各一例のみ)
(1) 創世記 1章2節
「地は形がなく何もなかった」--->「地は茫然として何もなかっ た」
* ヘブル語の「トーフー」は、<形が無い(formless)こと>や新共同訳のように<混沌(chaos)> を意 味しないため。
(2) ローマ人への手紙 5章18節
「一つの違反・・・一つの義 の行為」---> 「ひとりの違 反・・・ひとりの義の行為」
* 文脈からアダムとキリストとが対比されているのが明確。 また、神学的にも「ひとり(キリスト)の義の行為」なら <積極的服従>(ウ大教理48)というキリストのみ業のもう一つの側面も読みとれる。
3.訳語を統一したもの。 (紙面の関係で、一例のみ)
マタイ福音書 24章45節: 「思慮深い」---> 「賢い」(ギリシャ語「プ ロニモス」)
以上