福音主義は、宗教改革の聖書信仰、信仰義認、聖霊による回心の福音伝道運
動である。1660年以来のイギリスの殺戮の時代やヨ−ロッパ大陸での宗教
戦争の結果、18世紀は頽廃の気分に満ちて始まる。すなわちキリストによる
新しい世界への希望が萎えた時代である。その中でキリスト教は信仰の「世界」
への具体的適応に自信を失い、理性啓蒙主義と、敬虔主義の二つの形を取る。
その敬虔主義の流れに、福音主義が生まれた。
 福音主義運動は、教会が霊的枯渇の時代にみ霊によって導かれた生き延びる
道だったし、結果的に21世紀に世界の至る所に福音が及ぶ主の道であった。
しかし、キリストによる新しい希望の社会と生活を具体化する点では、18世
紀の傷をなお引きずって、諦めと混乱を内包する面がある。「キリストが君臨
される」という宗教改革のもう一つのモット−の再構築が、福音主義に必要だ。
  福音主義運動の19世紀以来の流れにおいて、キリスト者学生運動は、中心
的働きを担ってきた。1836年までのケンブリッジ大学のチャ−ルス・シメ
オン主導による英国の教会内での福音主義への大方向転換に始まり、1876
年のケンブリッジでのICCU結成、3年後のオックスフォ−ドへの飛び火、
1882年のケンブリッジ・セブン中国宣教志願、ちょうどそのころはじまっ
たアメリカでのヘイスタック祈祷運動に始まる学生ボランティア運動などが、
ム−ディ−などとの活動とあいまって、福音主義運動自体の波をうみだすもと
となったことは疑えない。
  その後、英国の教会が聖書批評の波に洗われとき、SCMと改名していた学
生運動から1910年にケンブリッジのICCUがたもとを分かち、現在のわ
たしたちの聖書信仰に立つ福音主義運動の流れが生み出された。1919年に
IV福音主義連合協議会にこの運動が拡がり、1928年にIVFとなり、そ
れ以来、波はあるものの、キリスト者学生会(IVF、のちに改名。米国では
1941年にIVCF結成)は、多様な宣教団体と連携して、世界福音主義運
動の求心力の一角を構成してきた。
  キリスト者学生運動の重要性は、わたしたち福音主義の教会に集うものにと
って、決して単なる大学伝道の手段と言うような狭いものではなく、歴史的に
は、福音主義運動そのものの揺籠なのだ。日本でも、戦後KGKは福音的超教
派運動の揺籠としての働きを多くの分野で果たしてきた。これからの日本の福
音主義陣営の再構築と発展を考えるとき、キリスト者学生運動の重要な位置を
改めて再考して、その広い視野と祈りの中で、私たち協力会に関係する諸教会
は、KGKの育成と協力に積極的に励むべきではないだろうか。KGK運動が
弱体化すると、日本の福音主義運動は重要な揺籠を失うことを肝に命じよう。