改革長老教会の名称は実は歴史的には特定教会をさす固有名詞です。
教会の歴史では、この名前は1743年にスコットランドで形成された
「Reformed Presbytery」がはじまりです。

有名なカベナンターたちは、60年近くも教派形成をせずに、いわゆる
ソサエティーを形成して、迫害後の困難の中でも信仰を守りました。
それは、国民契約や厳粛同盟契約そしてウエストミンスター信仰規準を
もつスコットランド長老教会の理想を追い求め回復するためでした。

従って1743年の決断は、ようやく牧師が回復されたこともありますが
「スコットランド国教会改革」という方針を転換し、独自の教派形成に
よって改革を求めつづけるという決断でした。しかしそれでもなお、はじ
めは「長老会=中会」という名称にこだわったのです。だがこの名称には、
スコットランドの教会にたいして改革教会としていよいよ訣別するという
ニュアンスを私は感じます。「長老」という名前は、歴史的に、国家・
王権にたいする自律と信仰の自由を、長老会議によって確保することを
意味します。ですから、長老会議のみことばに立つ自律独立によって国家
的社会的に信仰の自由を確保し、ウエストミンスター信条にまとめられた
宗教改革の信仰に立って、改革された教会を形成する前衛が、「改革長老
教会」です。ですから、「自由教会」という名前も近いグループが使います。

長老主義とは、監督主義と会衆主義を足して二で割るのだと言うような説明
は歴史的には無意味です。また、改革長老教会は、単に宗教改革の信仰の
伝統に立つ長老制の教会というのではないのです。

「普通名詞」として用いられる、「改革長老教会」は、改革主義長老主義
系教会をさすときに、改革派とも長老派ともいわないために用いる曖昧な
名称になってしまっている名前で、最近特に教会の歴史に無頓着なアジア
のいわゆるカルバン系福音主義教会で良く見られます。たとえば、台湾の
改革長老教会、中国本土の改革長老教会、韓国の改革長老派、東部インド
の改革長老教会、ウガンダの改革長老教会などの実例を見聞きします
(ICRCなどで)。これらは歴史的な改革長老教会とは関係の無いもの
が殆どです。このような用いかたも、広い意味でのリフォームドの信仰の
復権を目指す動きの中で、一つの市民権を得てきたのでしょうが、日本
キリスト教会の松谷先生が最近書かれたように、これは歴史的な使い方では
ないことが承知されなければなりません。

本来の改革長老教会は、宗教改革の信仰に堅くたって、それにもとづく
国家・社会をキリストの王権の下で目指したグループで、長老主義本来の
本質である信仰の自由の精神における教会と国家の在り方を目指すものです。
今日の敬虔主義運動を経て福音主義によって変形された長老主義とは違う
主張を持ちます。それは、キリスト王権(ヴィザートーフトのようなネオ・
オーソドックスとは違った意味で)と信仰の自由を日本の社会と政治に適応
する点で、日本の宣教においても極めて重要です。また、教会の教理・
定め(Ordinance)・礼拝への聖書原理の適用を、規範的原理
(Regulative Principle)によって行うという点でも
スコットランドを中心とする宗教改革教会の闘いをなお継承しています。

改革長老教会という名称を使われるに際して、このような歴史的な事実を
ぜひ知っていただきたいとおもいます。現在、改革長老教会は、スコット
ランド、アイルランド、アメリカ、カナダ、オーストラリア、日本、中国
本土、キプロスに教会があります。また、アメリカではRPCES(福音
大会)がPCAと合併して改革長老の影響を残していますし、スコット
ランドの各長老教会や、各地の連合改革長老教会(Associate 
RPC)にもその影響が有ります。ピッツバーグには改革長老神学校が
あります。

改革長老の、聖書信仰への固執、ウエストミンスター信条への固執、キリスト
王権と信仰の自由の社会・国家への固執、規範的原理への固執といった特徴が、
このような名称のインフレで曖昧にならないようにご配慮をお願いしたいと
おもいます。

北米改革長老教会日本中会(日本キリスト改革長老教会)議長
神戸神学館代表         瀧  浦     滋   (岡本契約教会牧師)