新約聖書釈義演習ノ−ト    2000.2.28.    神戸神学館 瀧浦 滋

テモテへの手紙1 2:8−15
 ポイントは、男性が宣教の証しの文脈で、祈ることによる指導性の責任をになう
 のにたいして、女性が「学ぶことにもとづく行い」において卓越することが
 求められている。そのゆえに、みことばの権威をもって教える側に立たない。
 エバの例は、そのことの失敗例の半面教師としてあげられている。

コリント人への手紙1 11:5
 a.文脈は、エペソ5:23にある「かしら性」の構造にある。
   三位一体の本体論的交わり理解に発し、聖書に啓示されている救いの
   恵みの契約の契約的一致の原理的構造にもとづいて、教会に置いてまた
   家庭に置いてとくに定められている構造である。
   「夫と妻」と「男と女」は原典で共通なので語感に惑わされてはならない。
 b.論点は三つである。
   1)かしら性のここの文脈での意義
   2)「かぶりもの」の問題:実際のものか抽象的意味か
   3)女性の「祈りと預言」への言及の問題
 c.翻訳はすべて解釈が入らざるを得ない。
   1)時代状況依存の恣意的解釈
    「かぶりもの」の問題で、当時の時代の教会に置ける習慣のことであるとし、
     当時の教会内の特定の問題への対応を教えるもので適用は無効とする。
   2)「かしらにもつ」「おおう」と原典にあるのみなので、抽象的にとり
     かしら性をみとめない女性への批判ととる。
   3)髪を特定の形に結ったことをさすと取り、男性の権威尊重の文脈と取る。
   4)女性による祈りと預言が、かしらなる男性をはずかしめるととる。
 d.「かぶりもの」ということばは、原典にまったくでてこない。
   katakaluptomai(mid.)は、cover one's headだが、
   akatakaruptosは、adj.で、「おおわない」ではなく、
   「おおわれていない」であるので、
   権威に関する状態を受身で表現する、意味の抽象化がより可能である。
 e.当時の事情の暗示(反映)が(かぶりものの)比喩のrhetoricには
   あるかもしれない。(娼婦は髪を切った? 妻としてのたしなみの髪結の例? 
   当時のかぶりものの教会での使用規定のケ−スの事例はみあたらない?)
   しかし原文の本意はそれだけで原則を示し、今日にも適用されるものであるゆえ、
   それらの知識は解釈に必須でない。参照:IVF-NBC  本意を見てのちの、類推で扱えば良い。
 f.Dana-Mantey: A Manual Grammer of the Gr.NT
   1)Dative(Instrumental)について    p.90
    TheInstrumental of Mannerにあてはまる。
   2)Position of Article        p.152 
    The Article with the noun, but not with the adjectives determines 
    theadjective as predicate... 
 g.語順の問題(Lauer)
   1)a.t.k.の句(Dative)は、"proph"の手段か?「はずかしめる」の手段か?
    どちらが語順として自然か?
    うしろにも"kephalee"があるので、a.t.k.が前にきたと説明できるのでは?
   2)a.(t).k.とK.(t).k.aは、chiasmus or韻を踏んでいるのではないか。
    すると"K"が中心!?
   3)(1)p.g.+p.k.p(後ろが前に掛かる), (2)a.t.k.----(前が後部へ掛かる)が
    流れとしてペアではないか?  もし(2)なら、(1)だろう。
   4)また、11:5の最後の文は、apk+ktkaの意味の流れを前提にしている。
    atkがその最後の文でたとえで説明されている。
 h.結論として与えられうる選択肢
 可能性1:すべての女は、かしらをおおわれていなくする(自分のかしらを
      あらわにする)方法(やりかた)をとって、祈り・預言をすることで
      (するときに)、彼女のかしら(なる者)をはずかしめる。
 可能性2:かしらをおおわれていなくする方法(やり方)をとって、祈り・預言する
      すべての女は、彼女のかしら(なる者)をはずかしめる。
 可能性3:祈り・預言をするすべての女は、そのかしらがカバ−されないやり方
      によって(やりかたをすることによって)、彼女のかしらをはずかしめる。
 可能性4:すべての女は、祈り・預言するときに(ことで)、そのかしらをおおわない
      やりかたゆえに、彼女のかしらをはずかしめる。
 可能性a:祈り・預言=かしらがカバ−されない方法 
      so かしらをはずかしめること
 可能性b:祈り・預言 if  かしらがカバ−されぬやり方なら 
      so  かしらをはずかしめることになる
    「女の”祈りと預言”すべてがかしらをはずかしめる」なら、いきすぎ。
     a.t.k.句の処理が不明。
 可能性4−bが適切ではないか。
 1)公的礼拝の場での禁止は、1)テモテ1 2:9f.、コリント1 14:32に明示されている。
 2)ここでは、「かしら性」原理に従わない類いの女性の祈りと預言のうちに、
  あるものが否定されている。    この両点の調和が結論である。